第12羽 いじめ対処法

キーウィについて

キーウィはニュージーランドの固有種で国鳥。

キーウィフルーツはこのキーウィという鳥から命名されている。

キーウィフルーツは食物繊維が豊富で便通にとてもいいということです。

いじめ、パワハラ、虐待、DV(ドメスティック・バイオレンス)共通対処法

 さて、今回はそれらをスピリチュアル的な視点も踏まえ原因対処法を探っていきたいと思います。

なぜ、いじめるのか?その理由は、いじめる側が様々なストレスによる原因で劣等感の塊になっていて(幸福感とも言える)エネルギー切れになっていて、いじめられる人からエネルギーを奪い取ろうとしているからです。

こういう人たちをスピリチュアルではエナジー・バンパイヤと呼びます。

いじめっ子になる原因は

1、子どもの時にまともに面倒見てもらえなかった。

2、自分のわがままを通したい。

3、誰かからひどい目にあわされた。

4、自分自身に対していいイメージを持てない。

5、脳内物質のバランスが崩れている。

いじめっ子を引き寄せる人とは

自分が素晴らしい人と一緒にいるような価値のある人間ではないと思っている

感情をコントロールされやすい人です。

いじめっ子と本当の友人の違い

 いじめっ子は徹底して糾弾し責め続ける。

 友人は責めてもそれを考える余地を与える。

いじめっ子を回避する方法

・ 自分を価値ある人間として受け入れること

・ 物事を自分個人の攻撃と考えないこと。

・ 決して「あなたは間違っている」と言ってはいけない。

・相手を人前で批判してはいけない。

・ いじめっ子に必要なのは愛情に満ちた態度で世話してあげること。(嫌いなら無理にでも好きになる。例えば、挨拶をする、近付いて肩に触れて話しかける。)

・ 他人を傷付けている人間は自分が傷付く方法をそのまま相手に向けているので、相手を観察してそのままやり返すのが効果的。

標的にされたときの対処法

1、相手にその行為を指摘する。

2、自分の立場を崩さない。

3、相手がその行為に目を向けようとしない時はその人との人間関係を経つ。

いじめっ子を撃退する方法

 論理的対処法

 ・ユーモアを保つ。

 ・相手に敬意を払う。

 ・個人として親密な態度で接する。

 ・プロ意識を徹底する。

 ・相手を認める。

 ・上手く駆け引きする。

 ・忍耐強く対処する。

 ・判断力を磨いておく。

 ・断固とした態度で臨む。

 ・感情を表す言葉を使う。

 逆にやってはいけないのは

 ・一般化する。

 ・レッテルを張る。

 ・善い、悪いで判断する。

 ・責め立てる。

 ・相手の間違いを指摘する。

 ・独善的になる。

 ・個人攻撃だと見なす。

 ・当てこする。

 ・自分の怒りを露わにする。

 ・相手に罪悪感を植え付ける。

 論理的対処法で対処できない場合は

 原因結果型の対処法

 ・相手を貶める(やられた人間がどんな気持ちになるか思い知らせる)

 ・周囲にもはっきり分かるような態度や行動をとる。(怒鳴る、頭がおかしくなったかのような振る舞いをする、相手がくだらない冗談を言ったかのように笑い倒す、軽蔑の気持ちを露わにする。)

 ・相手を侮辱する。

 ・自分の眉毛を吊り上げる。

 ・じっと相手を睨む。

 ・相手の会話を終わりにする。相手と関係を終わりにする。付き合わない。その場を立ち去る。

 ・相手にもう一度同じことを言わせる。「ええそうですか、そう言ったんだ。」と言い放せばいい。

 ・その場の状況をそのまま言葉にする。その場の自分の感情を言葉にする。

 ・相手を一人にさせる。

 ・相手の言葉を逆手に取る。

  例「君は僕のこと好きじゃないだろう?」「あなたは私のこと好き?」

  A,Bの選択肢を聞かれたら、「私は選ばない」と答える。

人間一人一人の価値というものはその人自身で決めるものなので、こういうものを恐れる必要はありません。

論理で考えるのをやめて、ただ感じることに集中し、一歩引いてその状況を眺めて感情エネルギーを鎮めることで自分を様々な束縛から解放し前向きな視点で物事を見るように努めることで、普段から波動を上げて標的にならない雰囲気・オーラをまとい、絡まれたときにエネルギーを与えないようにすることです。 

                                     

  参考文献 「どこにでもいるイやな奴とのつきあい方」ジェイ・カーター著

        Globo https://globo-site.com/otonaijime-spiritual/

結局そのエネルギーは人から奪っても底がない入れ物に入れるように流れ落ちて消えて行きます。

結局奪うことは愛ではないからです。

お互いに幸福のものを与えようとした方が、却って幸福感を頂けるということです。みんなで奪うことより与え合うことを始めたら何かが変わるのではないでしょうか。

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