第15羽 転生輪廻について


転生輪廻について

仏教の教えの中にあるもので、魂は死ぬことなく何度もこの世に生まれ変わるというものです。

人間は何故この世に生まれてくると思いますか?

分け御霊という考えは神道のものですが、元々一つだった魂(神)が分身で宇宙に広がっていったものです。(深層心理では繋がっているし、神は1人であり多数でもある。)

バラバラになった魂は不完全なので、肉体という重荷を背負うことで魂の進化をし愛を学ぶ為にこの世に生まれ出るのです。(或いはあらゆることを経験するために生まれてくるという人もいる。)

学びは、切れる剣を作る過程で、鉄が何度も熱い火の中に入れられ、叩かれ、水に通されるように、辛いことばかりでも、楽ばかりでも、魂は成長できません。

またそれぞれ、今世で学ぶべきことはカルマ(過去世の行い)によって、自分で課題を決めこの世に降りてきています。

自殺をしてはいけない訳はその学びを自分で途中放棄して逃げ出すという行為に他ならなく、来世もその課題が課せられ、何度も同じところで躓いて、自殺を繰り返し進化が止まってしまうのでしてはいけない行為なのです。

この世を去る時沢山の魂の前で人生の回想、上映会が行われ、エゴによる執着が残っていると、とても恥ずかしい思いをして地獄行きになるとも言います。

そして、地獄で反省をした後、自分に必要な課題を行える環境を自ら選んでまたこの世に生まれ出ます。

カルマを解消して次元上昇する事を解脱と言います。

しかし、どうすれば解脱して天国行きになるでしょうか?

宗教を信じれば天国に行けると思っている人も多いようですが、自分の魂が愛になるにはどうすればいいかを教えるだけのものなので、宗教にどれだけお金を積んでも天国行きにはなりません。

これからの時代は愛の時代、魂の時代と言う者が増えています。

今までのカルマは努力して学ぶ大切さや自分が傷ついたことで他人の痛みを知ることを教えていたのだと思います。

誰かから幸せを貰おうとする執着心は、誰かの為を思えば手放しできるようになります。

執着によって悪い行いをして出来たカルマは、もう2度としないと誓えばダルマになって解消されるとも言います。

審判は自分自身が下していることに気付いてください

自分自身が赦し、愛になれば、審判の前で恐れる必要はありません。

このまま外側の世界に幸せを貰おうと生きるのではなく、自分自身を認め、自分自身を愛するよう生きてください。

そう、愛の時代なのでみんなで愛になって地上も天国にして、あの世に帰る時、みんなで天国に行きましょう。

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