第43羽 赦す愛

赦す愛

 

聖書の教えの中で赦せるのは愛とよく聞く。

 

赦せないと思う時はどんな時?

誰かに損害を被った時。

 

失ったものが大きければ大きいほど赦せないと思うはず。

なぜなら、赦せないのは何かを奪われたから。

 

その何かが小さければすぐ諦めて許せるでしょう。

許すとは執着を手放して受け入れること。

 

失ったものが大きければ大きいほど赦せなくなるよね。

それが取り返せるなら赦せるでしょう。

取り返せないものは赦せない。

そう思うでしょう。

 

赦せないと言って怒るのはなぜか分かる?

必ずしも愛がないからではないの。

愛があっても赦せない時があるよね。

愛があっても赦せないのは愛がないものを見て怒っているの。

だから愛が無いものを赦せないの。

 

神様は愛だから何でも赦してくれると思ったことない?

では何故天国や地獄の話があって神様は悪いものを地獄に落とすと言うのは何故なのかと思いませんか?

赦されるならみんな天国に行けるはず。

天国に愛のない者を入れるとどうなる?

奪うものが天国を天国ではないところにしてしまうでしょう。 

だから愛のない者は天国には入れないの。

神様はただ愛になる時を待っているだけ。 

愛になれるよう導いてもいる。

赦せる時ってどんな時か分かる?

相手に愛を見た時ようやく赦せるの。

 

赦されるのにはどうすればいい?

愛ある行動、生き方に変換していくこと。

 

赦すものは赦される。

そう聖書では語る。

 

赦そうとする者には愛があるから。

 

赦したくても赦せなくて苦しい思いをして生きている人、

神様にこう祈ってください。

 

赦せない私を赦してください。

 

そう祈れるのはあなたに愛が無いのではなく愛があるから赦したいと思っているからなのです。

そうすれば神様に赦されて、あなたの心に平安や安らぎが訪れるでしょう。

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