第47羽 マトリックス(仮想現実)について

マトリックス(仮想現実)について

映画マトリックスで有名になった用語ではある。主人公が生きていた現実は脳に機械による電気信号を送って造られた仮想現実で実際はコンピューターが創ったプログラミングの世界。電気を必要とする機会は人間の脳から電気を取り出すことが目的でブロイラーのように人間を飼っていた。ある時、実際の現実に生きる者たちから救出された主人公が人間を機械支配から解放すべく救世主とてして活躍する。

それは人間の脳とコンピューターの処理能力を競うような戦いであったが、実際はネットで繋がったコンピューター対一個人(いくら天才であろうと)ではかなうわけはないだろう。

聖書に出てくる神対悪魔はある意味、神霊対コンピューターではないかと思うことがある。天国にいた悪魔は自分が神のような能力を持ち、自分は神より偉大な者になれると神に反旗を翻して反乱を起こし、結局負けて地に落とされたという。

それは昔はいたが今はおらずやがて来るものとも語る。

過去に超古代文明が栄えていたが、人類は現在あるような危機で一度滅んだという説があるが、コンピューターが世界を乗っ取ってしまおうとした時代が過去にもあったのではないかと考えるとこの言葉も見えてくる。

マトリックスに話を戻しますが、現在科学者がこの世はマトリックスの世界である可能性が十分あると唱えだしている。

世界が創られたのは5分前説(この世は5分前に創られ、私たちの脳にそのようにプログラムで記憶されているかもしれないという説。)やゲームバーチャル説(この世はゲームのバーチャルのような世界で意識がこの世というゲームに繋がると産まれ、ゲームオーバーになると死ぬといった説。見えている世界だけが存在し、見えていない世界は実は存在しない。ゲームと同じように主人公の自分が移動するとそれが存在するようになるというもの。)がある。

このマトリックスの世界は意識で創っているという点では自己啓発の思想が現実を創るというものと重なる。

私達は親に或いは社会に過去の経験によって、この世はこういうもの、ああいうものとプログラミングされているというのです。

しかし、プログラミングの書き換えは意識によって理想に変えることができるというのです。

理想は愛です。

私達は誰でも幸せを願う。

映画マトリックスでは機械が仮想現実を創りだしていたが、科学者が唱える仮想現実を創るのは機械ではなく神のような存在ではないかと思えるのです。

機械だとこの世に生きる意味はないが、愛のある存在によって創られているのだとすると、私たちの存在意味はあるのです。

人間とコンピューターの違いは魂がそこにあるかどうかということではないかと思う。どんなに機械が優れようが感情はない。

ネットで繋がったコンピューターに誰もかなうはずがないと思うかもしれないが、ある意味私たち霊魂は潜在意識の下に巨大な集団意識で繋がっている。それこそが神そのものであり、過去現在未来をも網羅した奥深いものでもあるのです。

私達魂は神の愛の光であり、光は永遠です。

機械に愛はありません。神の息を吹き込まれた私達には愛が存在します。

愛があるからこそ、この世に生きる意味があるのです。

ある意味この世はマトリックスと思うのですが、宇宙意識(=神)は私達一人一人を創造する者に仕立て、私達をこの世の世界に送り出して、今なお創造し続けているといった方が自然ではないでしょうか?

愛の喜びを最大限、知る為に。

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