第65羽 執着心を手放す

執着心を手放す

私は幸せなりたいと願って生きてきた。

子どもの頃は、心のどこかで世界は自分を中心に回っていると思って幸せに生きていた。

そんなある時、大人が「君は世界が自分中心に回っていると思ってないかい?そんなことはないから。」

と現実的なことを言う。

何となく、幸せなものがふっと遠のいた瞬間だった。

その後は、幸せは誰かが運んでくると思って外の世界を探していた。

大人になると幸せの青い鳥は遠くにいるのではなく、実は自分自身の中にあると教えられた。

毎日何かが足りないと思って不安に感じながら生きていた。

不足を補うために何かを得なければいけない。

何かを得る為に何かをしなければいけない。

行動を起こさないと現状は変わらない。

人は変えられない、変えられるのは自分だけ。

思考は現実化する。

そう自己啓発では言っていた。

しかし、心に変わった自分を思い描いても自分は変えられず自身の中で葛藤を繰り返していた。

だから、自分自身の中にある幸せが何かが分からず、不足のものを得ようと外の世界を探し続けていた。

私達は毎日ネガティブな思考で思いを巡らせている。

それは毎日5万回行われているともという。

心の声を聴いてみてください。

誰かの所為にして自分を正当化して怒り続けている自分。

或いは自分が嫌なものに思えて嫌になっている自分。

そういう自分のつぶやきがリフレインして呪縛のように他でもない自分を責め続けているのです。

ネガティブな思考は私達の心の檻。

いつも不満足な思いで生きる枷になっている。

ネガティブの源泉は何か?

それは自分自身の不足を感じる心の劣等感です。

十分なお金がない。

お金があれば幸せになれるのではと思って生きていた。

このまま誰かの迷惑になりながら生きるぐらいなら死んだ方が良い。

早く死にたいと願っていた。

もう諦めるしかない。

ある時、私は死が近いのではという思いもあり、執着していたものを手放すことになった。

すると、どうだろうか、

執着を手放すと、自分が自分を愛していないので、愛を他者から貰おうとしていたのだということに気付いた。

それは自分自身を愛することが幸せだということである。

そして、今までに持っていなかったものを受け入れる者になった。

自分の心の不足を貰おうとする執着、

満たされない思いを補おうとする執着はいらない。

執着はないものをつかもうとしているが、執着を手放すと、あるというものに気付く。

必要なものは自分自身の中にこそ備わっている。

こう気付くことで、今度はあるというものを貰うになるのです。

これが、自分を受容するということになるのです。

現在社会は外の世界に必要以上、物を多く貰おうとしているため、地球全体に大きな歪が出来てしまっている。

それを浄化するために私達は一度手放しをしないといけない時を迎えている。

ある者は断捨離で自ら必要以上、物を持つ生活を止める決断をしている。

不安や恐れを感じるのを止めたいのであるなら、自ら執着を手放し、自分を許し、愛することを始める時です。

外の世界から貰おうとする執着を手放そう。

それは物質で満足しようとするものではなく、心で豊かなものを得るものになります。

本当の幸福は、外から貰おうとするのではなく、内から与えようとしたときに得られるのです。

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