第92羽 アファメーション

アファメーション

アファメーションとは「肯定的な宣言を自らにする」こと。

願い事を叶える時によく使われる手法ですね。

よく、スピリチュアルの世界では、思考は現実化すると言われますが、それは願い事が現実化するという意味ではありません。

願い事というより、潜在意識がこうだと思っていることが現実化しているのです。

例えば、「お金持ちになりたい。」と願っているのは「自分は貧しい。」という前提の思考です。

だから、お金持ちにはなれず、貧しいままの自分が現実になっているという訳です。

ここで使うアファメーションも前提がネガティブの思考であるなら、現実はネガティブなままになるので、アファメーションによって願いが叶う人とそうでない人に分かれます。

例えば、先ほどの「お金持ちになりたい」を「お金持ちになる」と言っても、自分の中の前提が「自分はお金がないからこう言っているんだ」という思考が存在するのであれば、いくら肯定的な宣言をしても同じなのです。

人によっては「私は充分なお金があります。」と言えばいいと言います。

でも、前提が「お金はあるにはあっても、充分なお金は持ってないのに・・・。」と自分の中で言っているとしたら違和感ありますよね。

または、最近は過去形で未来の自分として宣言をすればいいと言います。

「私はお金持ちになった。」と。

そして、自分が願う年収や資産の上限をつけてアファメーションを唱えるようにと言うのです。

「年収3000万円を得るようになりました。」と。

これもやはり、実現しそうもないのにと違和感があるならどうだろう・・・?

思考がどこまでもネガティブに追い詰めていくとするなら、願いは叶えられない。

成功者がこう言えば叶ったよと、教えてくれたとしても、自分の中に違和感があるなら不正解でしょう。

私の直感ではアファメーションも自分の中の赦しが必要だと言っています。

人それぞれ、生まれ育った環境や文化が違うと価値観は変わってきます。

だとするなら、自分にあったアファメーション方法を見つけることだと思います。

肯定的な宣言の中にネガティブな側面を見出さないような方法を。

言い換えれば、自分のネガティブな思考を赦し、自分が赦す宣言をすることです。

そう考えていて、最近思いついたのは「私は~のために~する。」という宣言方法です。

例えば、ただ、「私は優雅に暮らすために、お金持ちになる。」と思っても、そこに「お金持ちは汚い」などの罪悪感があるなら、やはりアファメーションは上手くいかないでしょう。

~するは、願うこと。(~するはあくまでも自分の行動で叶える願いであって、他者の行動で叶える願いではない。)

~のためには方法や誰かのためにを入れるが、~のためには自分が赦せないものでであってはならない。

だから、~のためは自分のためであり、他者のためになるもの。

こう考えると、

「人に役に立って、充実した人生を送るために、お金持ちになる。」というアファメーションになるだろう。

すると、さらに「お金持ちになるために~する。」

「~するのは、人の役に立って、自分のためになるものである。」

「~するために、(また別の)~をする。」

と別のアファメーションが飛び出してくるようになる。

そして、ここに更なる赦しを得る為に、「~することが、赦しになりますように。」と付け加えてみる。

私はこれを付け加えることによって、なんだか願い事を唱えることが楽しくなってきた。

まだ始めたばかりなので、この宣言方法があっているかどうかは正直わからない。

それでも、楽しく願い事を唱えられ、未来に夢が持てるなら、それもいいのではないかと思うのです。

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